余白の芸術

リウーハン lee ufan

余白に関する書籍を探していて見つけた本。筆者の名前、後から気がついたけど、直島の美術館に行ったことがある。文体が難しくて読みきれなかった。

生きる上で、疎外性の距離は痛みであり力である。
頭で考え手で描き、足であるいて何かを見つける。身体を鍛え、意識を磨きながら、両方を張り合わせつつ製作に挑む。脳中心の発想より体全体で考え創る。
人間は身体的存在であることによって世界内在たり得ている。身体は外界の一部でもある。
写真は一瞬のアングルが問題。対象が何となく写っているだけの写真は何かの証拠になるがそれ以上のものを感じさせない。

つぶやき
「余白の芸術」

  • @Kyoto_Lovers 最小の表現で、最大の心象風景を連想させる……。簡単に「抽象芸術」などという陳腐な言葉では言い尽くせない、和菓子の持つ、もうひとつの表現方法と言えるのでしょうか。手仕事の「余白」が齎す、豊かな詩情の以心伝心は、日本人の美意識ですね。
  • 富嶽三十六景、すき(趣深い風景と余白の対比が葛飾北斎のそれと似ていると感じられる芸術的一枚だなあ、すきという意) https://t.co/7XuBklD5kE
  • 鋭い目力のある瞳を隠すと芸術品でしかない高貴なお鼻が本当に目立つんですよ、サングラスがお似合いになるし小ぶりでふっくら唇と小さい顎、そもそも顔の余白どこ?って感じでサングラスかけると藤ヶ谷くんのほとんどはもう鼻(は?)

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