余白の芸術

リウーハン lee ufan

余白に関する書籍を探していて見つけた本。筆者の名前、後から気がついたけど、直島の美術館に行ったことがある。文体が難しくて読みきれなかった。

生きる上で、疎外性の距離は痛みであり力である。
頭で考え手で描き、足であるいて何かを見つける。身体を鍛え、意識を磨きながら、両方を張り合わせつつ製作に挑む。脳中心の発想より体全体で考え創る。
人間は身体的存在であることによって世界内在たり得ている。身体は外界の一部でもある。
写真は一瞬のアングルが問題。対象が何となく写っているだけの写真は何かの証拠になるがそれ以上のものを感じさせない。

つぶやき
「余白の芸術」

  • RT @fallenmemo: 宗教思想や哲学や芸術って直接的な実用性はないけど実用的な行動を起こすための思考段階において余白や休息というふかふかのベッド感や露天風呂に入ったときのようなリラクゼーション効果を与えてくれるので、振り返ると自分にとって重要だった可能性に気付くのだけ…
  • 宗教思想や哲学や芸術って直接的な実用性はないけど実用的な行動を起こすための思考段階において余白や休息というふかふかのベッド感や露天風呂に入ったときのようなリラクゼーション効果を与えてくれるので、振り返ると自分にとって重要だった可能性に気付くのだけど普段はその内助の功に気付けない。
  • 詩は、言葉によって生みだされ伝えられる芸術です。言葉で音楽を奏で絵を描きます。旋律、音色、鼓動、リズム、強弱、息、間(ま)、沈黙。色彩、黒と白、文字の形と流れ、ひらがなと漢字とカタカナとアルファベットや記号、詩行の連なりと断絶、余白、動と静の幻。 #高畑耕治 #詩

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